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からっぽな人間にならないために。子供のうちから「なりきる能力」を養おう!

日本は「優等生病」が覆いつくしている。そこには「真の心」がなく、日本人はみな「からっぽな人間」なのだ。それを食い止めるのに必要なのは、幼少期には誰もが持っている「なりきる力」。それを説く、首都大学東京の宮台真司教授の「オトナ社会学」。

本当に必要なのは
「なりきる」能力

よく「子供の共感力や主体性が大切」といった子育て論を聞きますが、本当に必要な能力は何かを見誤っている大人が大半です。共感は英語でエンパシー(empathy)ですが、僕はそれよりもビカミング(becoming)、「なりきる」能力こそ必要だと考えます。

エンパシーのインチキは、「人」だけが対象になることから分かります。それは間違いです。むしろ「動物」「植物」、そして無機物を含めた「自然」に、「なりきる」能力が大切です。この能力を「アニミズム」といいます。

これを「万物に霊が宿る」と解説したのが、欧米キリスト教文化圏の人たち。父・子・霊の3つが一体であるとする「三位一体説」になじんでいたので、定住を拒否した非定住民や初期定住民--総じて先住民--の物の見方を「霊が宿る」解説したのです。

正しくは霊が宿るのではなく、クマ、キツネだけでなく木、花、森、さらには岩、川、山に「なりきる」ことです。万物が人で、それらが動植物や無機物など多様な自然として現れる。この世界観をブラジルの人類学者デ・カストロは「多自然主義」と呼びます。



欧米の「多文化主義」を否定する呼び方です。多文化主義とは、物理的世界は唯一だけど、人間の文化次第で世界が違って見えるという発想です。エンパシーはそれを土台にした営みです。「なりきり」は違います。万物が人なので、無機物にもなりきれるのです。

人類はもともとそうした「なりきり」を生きてきました。すべては人で、それがクマや木や雲の形を取るだけ。分かりにくいですか。幼少期の子供がそういうふうに生きている、と言えば皆さんもすぐに分かるでしょう。これこそが真の多様性を生きる仕方です。

人間のベーシックな見方
全ては人なのだと考える

1950年代から始まった、多数の妖怪が出てくる漫画「ゲゲゲの鬼太郎」(作・水木しげる)があります。目玉親父やネズミ男などが有名ですね。初期は「墓場鬼太郎」というタイトルでしたが、この初期パートが2008年、原作に忠実にアニメ化されました。

主人公の鬼太郎は、壁やタライと話します。鬼太郎にとっては壁やタライも人です。「僕はたまたま人間だけど、君はタライなんだね」と。多文化主義は「自然は一つで文化が多様」としますが、多自然主義は「文化は一つで自然が多様」とするわけです。

人間個体の発達に即していえば、幼少期は多自然主義です。大人になると「子供は擬人化しているのだ」「霊を認めているのだ」という浅知恵で、子供の見方を捉えるようになります。でももともとは、全ては人なのだと考えるのが、人間のベーシックな見方です。

日本を覆いつくす
「優等生病」

昨今、ダイバーシティ(多様性)が大切だと言われます。でも、疑わしい。人間が「言葉の自動機械」になっているからです。戦後の日本文学界を代表する作家である三島由紀夫は、日本人は一夜にして天皇主義から民主主義に鞍替えしたと喝破しました。

日本人は一夜にして、民主主義者にも、フェミニストにも、多様性主義者にも、SDGs支持者にもなります。カメレオンだからです。周りをキョロキョロ見回し、所属する界隈内での自分の座席を失わないように、適当な言葉を口にするだけだというわけです。

そこには「真の心」がありません。それを三島は「日本人はからっぽ」と表現しました。日本人が「からっぽな民主主義者」なのは、今の政治状況を見れば明らかです。同じように「からっぽな多様性主義者」や「からっぽなSDGs支持者」があふれます。



相手が口で多様性を語っていようと、言葉ではどうとでも言えるのです。本当に見るべきは、相手の「真の心」です。相手になりきり、相手の目から何が見えているのかを知ることです。そういう「なりきり」の能力が、現代人には決定的に欠けています。

うわべの言葉でもっともらしく「多様性は大切」と語り合うゲームをするだけ。ゲームの中で「良さげな言葉」を語る人間だけ褒められたり共感(エンパシー!)されたりします。三島は、竹内好の言葉を借りて「優等生病が日本を覆い尽くした」と言います。

日本人は、うわべの言葉に騙され、オレオレ詐欺も横行します。「なりきり」の能力は声のオーラ、ピッチ、息づかいに反応する力です。幼少期には誰もが持つ力。それが大人になると失われ、言葉に右往左往するようになる。これを食い止める必要があります。

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PROFILE

宮台真司
SHINJI MIYADAI


1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(社会学博士)。『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など著作多数。


文:大根田康介

FQ JAPAN VOL.55(2020年夏号)より転載

 



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