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子供に「ウソをつく」ことをどう教える? 重要なのは”何のためのウソか”

危機的な状況下においては家族や友達のために「ウソ」をつかなければならないことがある。子供にウソを教えるには、どうしたら良いのだろう。首都大学東京の宮台真司教授に訊いた。

仲間の存在が
「正しさ」を認識させる

政治家や役人から企業幹部に至るまでウソが常態化しているここ数年の状況を見るにつけ、ウソをつくことへの抵抗感がなくなっていると感じます。ここ数年に限らず、少なくとも15年前に「ネトウヨ」が誕生した頃からの流れとして、連続的に捉えなければなりません。

ネトウヨは、思想ではなく、心理的症状です。支配・制御できない事柄だらけで自分が不幸なのを、①全て「コイツら」のせいだと帰属処理し、②「コイツら」にマウンティングをして強い自分を幻想する。僕のゼミに来れば、半年もあれば完全に治療できる症状です。

治療法は簡単。朝起きたら散歩して季節を感じましょうとか、食事は親しい仲間ととりましょうとか。認知行動療法のやり方です。普段の行動を変えることで心の状態を変えるのです。ネトウヨの不幸は、「他人が悪いんじゃない、お前の生き方が悪いだけ」という話です。



話を進めると、進化生物学の観点からすれば、「正しさ」の感情は「仲間のための自己犠牲の衝動」が出発点です。自分の損得勘定(自発性)ではなく、仲間のために思わず心と身体が動くこと(内発性)が、「正しさ」へのコミットメントの、生物学的なルーツです。

裏を返すと、犠牲を厭わず自分を助けてくれる仲間を持たない人は、「正しさ」が空洞化し、言葉で取り繕ったり捏造できる「言葉だけのもの」になります。そういう人が、周囲が「正しい」と言う事柄に合わせるのは、それが得な場合だけ。普段は平気でズルをします。

それが「ポスト真実」。デマで人を欺くというより、自分の得になるウソを、ウソと知りつつ真実より好んでしまう。厚生労働省の統計不正、財務省の文書改竄、企業の不正経理も、正しいこととウソとの間の敷居が低くなってフラット化した「ポスト真実」を象徴します。

そんな大人たちを相手に「正しくない、ウソをつくな」と叱っても仕方ない。どこかの首相みたいに「息を吐くようにウソがつける」ように育ってしまった時点で、既に終了。彼らを何とかするには、説得や教育より、精神療法としての治療だけが有効である所以です。

単に「恥知らずが増えた」とも言えます。文化人類学者ルース・ベネディクトがかつて分析した通り、恥は、視線を感じざるを得ない大切な何かを必要とします。何かとは仲間や世間です。仲間も世間も失った孤独な人々が増えれば、自動的に恥知らずが増える道理です。


仲間や子供を
守るためのウソ

それが今の「美しい日本」。「ウソをつく」という行動について親は子供にどう教えるべきか。ユダヤ人が虐殺されたナチスドイツの時代、ゲシュタポに「この中にユダヤ人はいないか」と問われた者が、ユダヤ人の友を守るべくウソをつくのは、倫理的に正しい営みです。

極限的な状況下で僕らが仲間や家族を守るべくウソをつくのは正しい。そもそも法は定住社会で仲間を守るためにできたもの。仲間が目的で、法は手段です。だから「法の奴隷」であるな、仲間のためにウソをつけ。結局、そこで大切なのは「何のためのウソなのか」です。

子供たちに「正しくあれ、ウソをつくな」「仲間を守るべくウソをつくのは正しい」と教える場合、正しさへのコミットメントにつながる「仲間のための自己犠牲」に向けて、内発的な感情のゲノム的なポテンシャルをどれだけ引き出せるかが、最終的な勝負になります。

ピアジェの認知的発達理論が示すように、ゲノム的なポテンシャルは、適切な時期に適切な刺激を与えられないと開花しません。だから、昔の子供たちがそうだったように「仲間を想い、仲間に想われる」という体験を反復する中で育ち上がるようにするしかありません。

だから親が子供たちの体験デザイナーになることが必要です。言葉の次元で「ウソはダメ」「正しいことは大切」と伝えても足りません。その不足部分を補うのが体験ですが、その体験を供給する力が今の日本社会にはない。それを取り戻せる可能性もマクロにはゼロです。

だからこそ「社会を荒野として生きる戦略」が必要です。これからも劣化する日本の中で、仲間と家族の内側でだけは子供たちをマトモに育てる。そのために互いにリソースをシェアして体験デザインを完遂する。具体的には共同体的な営みの中に言葉を埋め込むのです。



生態心理学によれば、言葉で「私はこう認識する」と答えても、それは認識を意味しません。何をどう認識しているかは、実際の行動が指し示す不動点としてだけ明らかになります。その意味で、認識には身体性の裏打ちが必要です。全ての言葉を行動で裏打ちするのです。

「正直が大切、ウソはいけない」と言葉でほざくのは誰でもできます。そうじゃなく、自分に正直であろうとすると、自動的に仲間のために行動してしまう――そんな人間に育てるために必要な体験デザインを、完遂する必要があります。具体的に親はどうすればいいか。

体験デザインの能力を持つ親は今や少数です。だから二つの戦略を提案します。第一に、隣近所の体験デザイナーにふさわしい大人に、子供を託せ。第二に、過去数十年の膨大な映画やテレビのアーカイブスを、最大限に利用せよ。あなたがアーカイブスに明るくないのなら、明るい大人を探し出してアドバイスを請え。むろん僕はどちらでも引き受けられます。

PROFILE

宮台真司 SHINJI MIYADAI


1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(社会学博士)。『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など著作多数。


Text >> KOUSUKE OONEDA

FQ JAPAN VOL.50より転載



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