少年犯罪に対する大人の責任

2015.03.04up
 

問題行動は子供の無意識が発するSOS

川崎市で、18歳の少年が、12歳の少年を殺害するという痛ましい事件が起きた。子をもつ親であれば、当然加害者に対する憎悪の念が沸き立つ。加害者の行為を擁護するつもりはまったくない。しかしあえて言う。私たち大人にも大きな責任がある。

家庭内に適切な生育環境がない場合、すなわち暴力、暴言、育児放棄、不適切育児などによって、子供に対する人権侵害が行われている場合、子供は無意識のうちに非行という形でSOSを発する。社会的な問題を起こすことで、親以外の大人の介入を求める。最初は軽微な問題行動でSOSを発する。しかしそれが適切に受け止められないと、問題行動はエスカレートする。

子供が人間主義的な社会志向と人生観を身につけることは、まずは親や家庭の役割だとされる。しかし親がその機能を十分に果たせない場合、すなわち子供の人権が家庭内で守られていない場合、社会がそれを補う必要性がある。

社会がそれを引き受けないで、問題を起こした子供に「問題児」や「非行少年」というレッテルを貼り放置することは、子供に対する人権侵害を社会が放置することだ。いじめを目撃しながら何もしない傍観者になることと同じだ。

今回の加害少年には、家庭内で適切な生育環境を与えられていなかった可能性がある。加害少年も何度もSOSを発してきたのではないか。しかしせっかくSOSを発しても、「問題児」というレッテルを貼られれば、望ましくない行動パターンの固定化を助長することが多い。推測でしかないが、加害少年にもそういう悪循環があったのではないか。

子供たちからのSOSを受けとることができない社会にこそ、構造的な問題がある。大人たちにこそ、怠慢がある。

「いじめを見て見ぬふりをするのはいじめに加担しているのと同じだ」と言う大人は多い。それは正論である。しかしそっくりそのままその言葉を大人たちがもう一度かみしめるべきだ。そうしなければその言葉には何の説得力もない。

 


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