子供に「死」を教えるにはどうしたらいいの? 宮台真司が教える死生観とは
2021/08/10
宗教は「死」の悲しみに耐える
処方箋にはならない
生と死の意味を子供に分かりやすく伝えるには、映画やアニメをベースにするのもいいでしょう。最近ならば劇場版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』でしょうか。ある人がいろんな理由で世間から姿を消して何年も経つ。するとその人を愛していた家族や恋人がいても、やがてその人の不在を前提にして人生を生きるようになります。しかし、ひょんなことからその人が生きていることがわかった場合、どうするべきか。
お互いの不在を前提としてすでにお互いの世界が作られているなら、それを尊重して会わない方が良いという倫理観があり得ます。人がいなくなれば悲しい。でもやがて人は不在を前提にした人生を積み上げ、それが一つの自分の世界になるのが当たり前です。
この作品はそうしたことを考えさせます。これは人が死んだ悲しみをどう耐えるかという重要な問題につながります。人を失うのは悲しいことなので「死んだ人はどこに行くのか」というところから天国や地獄という宗教的観念が生まれました。それはそれで大切ですが、今の社会ではリスクがある考え方であることを知っておくべきです。
現代人はそうした宗教的観念を共通の前提として生きていません。個人が宗教に頼るのは自由ですが、宗教を死の悲しみを解決する処方箋として子供に渡すのは納得できません。なぜなら子供が大人になって「神様なんていない」という考え方に変わった場合、責任がとれないからです。
長寿化と人口爆発は
表裏一体
僕は無神論者ではなくクリスチャンで、宗教的観念を生きています。でも、自分の価値観を押し付けません。子供には地球や宇宙についての事実を話します。人類の存在が――まして個人の存在が――偶発的な小さいエピソードであることを知らせ、だからこそ抱くことができる奇蹟の感覚を体験してもらいます。つまり体験デザイナーの役目をします。
ネットには、地球の誕生と終焉、宇宙の誕生と終焉についての多数の動画があります。これらを子供と一緒に見ながら、質問に答えます。それを2~3ヶ月くらい続ければ、子供は腑に落ちます。地球は丸いという事実に適応するのと同じく、地球や宇宙の死という事実に適応します。こうして個体の死を、地球や宇宙の中で考える癖ができます。
すると、地球環境の持続可能性についても、死との関わりで考えられるようになります。地球に住める人口が限られているので、誰かが死ななければ新しく生まれてこられません。新しく生まれてこられない人類なんて地獄です。だから不老長寿を望むことは倫理的に馬鹿げています。それは子供でも理解できます。
長寿化と人口爆発が表裏一体であるのを理解するのも大切です。人口が過大になれば人々が食糧不足などで苦しみます。全ては流れで、新しい生命が生まれてくるのは死ぬ生命があるからです。そうした置き換えがなければ進化もありません。これは個体のレベルでも種のレベルでも同じです。
劇場版『鬼滅の刃』が好評です。人はいつか死ぬからこそはかなく美しい存在だと思えることが、子供たちに伝わったからでしょう。地球も宇宙も死滅することが分かっています。それが当たり前なのだと捉えるところから、「自分はやがて死ぬが、それがどうした」という構えが得られます。死に右往左往する人間は、例外なく自己中心的なヘタレです。
PROFILE
宮台真司(SHINJI MIYADAI)
1959年宮城県生まれ。社会学者。映画批評家。首都大学東京教授。公共政策プラットフォーム研究評議員。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(社会学博士)。『日本の難点』(幻冬舎)、『14歳からの社会学』(世界文化社)など著作多数。
FQ JAPAN VOL.58(2021年春号)より転載