「子育ては自分育て」本木雅弘の父親学
2016/10/14
父の背中は常に大きく、頼もしくあるべきか。高い理想を追い求めながらも、自身にできることはと考える。いつか子供の心の拠りどころとなるように、子育ての期間は、待って、見守る。それが、本木雅弘さんの家族の愛し方。
自己と対峙し苦しんだ後に
爽やかな幸福が待っている
長い役者人生の中で、もっとも等身大に近い男。『おくりびと』以来、7年ぶりとなる主演映画『永い言い訳』で本木雅弘さんが演じるのは、有名野球選手と同姓同名であることも含めさまざまなコンプレックスにさいなまれ、歪んだ自意識を抱えて生きる衣笠幸夫という男だ。
「これまでの作品では、神々しい役や、スーパーエリートや深く思考するタイプの人間であったりと、実人生とはかけ離れた役柄を多く演じてきました。ですが今回、幸夫が内包する醜い自意識の塊は、まったく自分そのものだと感じたんです。出演するにあたっては、自分のダークサイドに光が当てられてしまう恥ずかしさを克服できるかとためらう気持ちもありましたが、と同時に、不器用でいじらしい幸夫という男を演じ切れたら新境地かな、という期待感もありました」。
20年来連れ添い、小説家として稼げない時代に生活を支えてくれた妻が事故死する。その報せを受けた幸夫は涙ひとつ流せない――。映画は劇的なスタートを切るが、そこから始まる幸夫の苦悩、情けなさ、脆さ、どうしようもなさの中に、きっと共感するところがあるはずだ。
まるでセラピスト
心の奥深くに突き刺さる
「西川(美和)監督は、『それほどまでに人の内面をさらすことに躊躇はないの?』と問いたくなるくらい、人間に対するシビアな感情を持っている方なので、この映画を観た大人の男性陣は、まず、身につまされてほしいですね(笑)。でもきっと、妻の死をきっかけにあぶり出される幸夫の醜い自意識の内に自分自身を重ね合わせていく中で、生きている時間をなめていた事に気がつき、そこから身近な人に対する誠意のような感情が芽生えてくるでしょう。事実、私自身がそうでした」。
毒を以て毒を制すではないが、心の奥深くに突き刺さる西川監督の人物描写に触れることが、まるでいいセラピストに出会ったかのような効果を生み出すのだと本木さんは言う。
「西川さんが手がけた原作小説を読み、撮影体験を経て、私の気持ちは大いに補正されました。とても身近な日常でいえば、家族に対する『ありがとう』でも口に出さねば伝わらない、とかね。ありがとうに限らず、自宅で自然にいるときの私は様々ことに無反応で、いつも奥さまんが手を振りながら『ハロー』って、私の心がこの場にあるかを確かめてくるんです(笑)。本来、子供に対しても『返事は基本だろう』と諭すのが親の務めだと思うのですが、返事をしない私がそれを言えるわけもなく。それどころか、返事をしないのがうっすら子供たちにも移っていることに危機感を覚え、反省もし、最近は『うーん』のボリュームを少し上げて、ちゃんと聞いていることを、しっかり音で表現するようになりましたよ(笑)」。
学校や社会に比べて、親が子に与えられるものは少ない。だからこそ、最終的な拠りどころでありたい。