席を譲らない社会は衰退する? 自己責任論の弊害とは
2018/04/23
日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介さんにお話を聞く連載「里山資本主義的子育てのすすめ」。今回は日本社会に蔓延する「自由競争原理」「自己責任論」の弊害についてお話をしていただいた。(前編)
シルバーシートを譲る人が少ない地域ほど
子供の数は増えない
今後も少子化は構造的にそう簡単には止まらない。大都市ではお年寄りがどんどん増えていくので、そうなると保育所にはお金も土地も労働力も、なかなか回らない。個人個人の意識がそう早急に切り替わる訳でもないので、東日本に行くほど強くなる「子育ては自己責任」という文化は、簡単にはなくならない。
シルバーシートに座り込んで、目の前の高齢者や赤ん坊を抱えたお母さんに対しても席を譲らない若者は多い。彼らの態度に「申し訳ない」という感じは見られないどころか、シルバーシートに若い自分が座ることに対して、「むしろ正しいことをしている」というような傲然とした姿勢の人も多い。その思考回路はどうなっているのか推測してみよう。
彼らの潜在意識下には、「電車の席を取る競争に勝った人間が、一度獲得した席を保持するのは当然の権利であるばかりか、自由競争原理に適う行為であり、つまりは世の秩序や活力維持のためにもなっている」という発想があるのではないだろうか。「後から電車に乗ってきて席を譲れというのは、席を確保できなかった彼ら自身の自己責任をわきまえていない、間違った行為である」と思っているように見えるのである。
自己責任を求めることは
少子化をもたらす
こうした意識の人が増えている背景には、「各人が自己責任で自己利益のために競争すれば、神の見えざる手が働いて全体最適が実現する」という市場経済原理の知識の普及があるのだろう。だがこの原理は、いろいろな条件を設定したうえで、経済活動について妥当するものであり、人間生活全般に通用するものではない。
実際問題、子供や高齢者や身障者や、その面倒を見ている親や子に等しく「自己責任」を求めることは、全体最適をもたらすどころか、少子化をもたらし、高齢者の不安を拡大するだけである。それは、本来単なる経済学の原理にすぎなかったものが、”市場経済原理教”の教義になってしまったことによる、現代社会の悲劇だ。
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