声優・佐倉綾音「地獄を見た人の表現にこそ惹かれます」苦しみの先に滲む人間の美しさ
2025/10/16

8月30日、横浜ランドマークホールで開催された『MIZUHO ART SPORTS LIMITS 全国学生選手権大会2025』決勝。スペシャルサポーターを務めた声優の佐倉綾音さんに、学生アートを見届け感じた「創作の原点」と、表現の世界を志す親子へのアドバイスを伺った。
1. 感情と表現がむき出しになるまっすぐな「創作」の場
2. 商業と創作の狭間でプロとして生きる地獄
3. 制限された幼少期に得た「俯瞰力」が演技に生きている
4. 親子という単位で考えず人として向き合ってほしい
5. 「アートスポーツLIMITS」全国学生選手権大会とは
6. 佐倉綾音さんプロフィール
感情と表現がむき出しになる
まっすぐな「創作」の場
制限時間とその場で与えられたテーマをもとに即興でデジタルアートを描き上げる。観客と審査員の視線が集まるプレッシャーの中、緊張で手を震わせながらもペンを握り、これまで培ってきたスキルとアイデアをタブレットにぶつけていく。完成した作品がスクリーンに映し出されると、歓声と拍手が一斉に沸き上がった。そこにはまさに「創作の原点」があったと、声優の佐倉綾音さんは語る。
「スペシャルサポーターとして大会に携わるにあたり、実は企画段階から参加させてもらっていたんです。なので、頭ではどんな大会なのか理解していたつもりでしたが、今日ようやく、この大会の“輪郭”が本当の意味で見えました。創作の原点には人間の感情や感覚がある。それを肌で感じる瞬間が何度もあり、涙がこぼれそうになりました」
また、『MIZUHO ART SPORTS LIMITS 全国学生選手権大会2025』に出場する学生たちの勇気にも深い感銘を受けたという。
「私が学生だったとしても、きっとこの大会には出場できなかったと思う。緊張の中で絵を描くこと、評価されることへの恐怖を乗り越える胆力が必要だから」
しかし、そのハードルを越えて挑戦する学生たちが見せる「悔しさ」や「楽しさ」といった感情の発露に、佐倉さんは強いエネルギーを感じた。
「ポーカーフェイスな子も多かったけど、筆致に宿る感情が確かにあった。言葉にはならなくても、絵にすべてが映し出されていた。表現とは、自ら出すというよりも、にじみ出てしまうものなんだと感じましたね。恐怖や不安を乗り越えて挑戦する、人間の美しさに触れた気がしました」
商業と創作の狭間で
プロとして生きる地獄
表現を生業とする佐倉さんにとっても、「制限時間の中で生み出す」という今回の大会の構造は決して他人事ではない。声優という仕事柄、体調や気分に関係なく、決められた時間の中で表現を“納品”しなければならないこともある。
「商業作品には公開日があって、作る過程にも締切があります。プロとしてそれを守るのは当たり前だけど、不完全な状態でアウトプットを求められる状況が続くと、創作のロマンや高揚感がすり減っていくような感覚があるんです」
しかし、大会で見た学生たちは、その「制限」を創造の壁ではなく、むしろ力に変えていた。
「限られた時間の中でもがきながら、楽しそうに、そして本気で作品に向き合っている姿に、自分自身も大きな影響を受けました」
その姿は、かつて自分が持っていた“純粋な創作への憧れ”を思い出させてくれたという。大会に参加した学生の中には、プロとして創作の道を志す者も少なくないだろう。一方で佐倉さんは、創作を仕事にする以上は苦しみから逃れられないと断言する。
「表現に関わる以上、苦しみからは逃れられない。楽しいだけでは続けられない世界です。でも、私は“地獄を見たことのある人”の表現にこそ惹かれます」
だからこそ子どもたちには「辛さも含めて挑戦してほしい」と語る。また、スマホひとつで膨大な情報や映像が手に入る時代だからこそ、「体と心を伴った体験こそが表現の糧になる」と強調する。
「楽しいことも辛いことも全部、心に記録していってほしい。そうした経験が必ず未来の表現を豊かにします」
制限された幼少期に得た
「俯瞰力」が演技に生きている
「アートスポーツLIMITS」全国学生選手権大会では、参加者を個人でも「チーム」と呼ぶ。佐倉さんはこのルールにも共感を寄せる。
「一人の背後には必ず支えてくれる家族や仲間がいる。出場者個人ではなく、その背景を含めて“チーム”と呼ぶ感覚に強く納得しました」
佐倉さん自身も、親からの影響を強く受けて育った。
「我が家は結構厳しい家庭でしたので、アニメは週に30分だけ。漫画は月に1冊までで、1週間後に捨てなければならないという決まりでした。小学生に『デジモン』か『ポケモン』のどちらかを選ばせるのは酷ですよ(笑)でも、父が映画やドラマに詳しい人だったので、実写作品には早くから親しんでいましたね」
そうした抑制された幼少期を経て、高校1年生で声優デビュー。両親の反応は真逆だった。
「母は大反対で、父は大賛成という真逆の立場でした。背中を押す存在と、引き止める存在が両方いたからこそ、冷静に自分の活動を見つめることができました」
その影響で身についた“俯瞰的な目線”は、役者としての表現活動にも生きている。
「台本を全部読んでいても、“初めて”のように演じなければならないのが役者。その演技を構築するのに、俯瞰の視点がとても役立っていると思いますね」
親子という単位で考えず
人として向き合ってほしい
近年、子育てのキーワードとして注目される「自己肯定感」。自分を肯定し主体的に生きることが、社会で豊かに生き抜く土台になるとされる。佐倉さんは「もし両親ともに賛成していたら、もっと自己肯定感が高く、主観的に生きていたかもしれない」と振り返る。
「だけど物事は多面的なので、俯瞰的な目線で捉えたほうが救われる場面もある。自分に自信を持って生きている人はもちろん素敵ですが、俯瞰的で、時に悲観的な私を受け入れてくれる人がいて、一緒に仕事をしてくれる。そんな世界が結構好きです」
実際に、ラジオやイベントでの佐倉さんは、全体の流れを踏まえた立ち回りやコメントで場を盛り上げる。俯瞰的な視点は作品作りや番組進行、人間関係にも大きく役立っている。
最後に、表現の道を志す子どもを持つ親へのメッセージをこう語った。
「親御さんからしたら、子どもに辛い体験をさせるのは避けたいし、安全なルートを示したいと思うでしょう。ですが、親には親の、子どもには子どもの人生があり、それぞれに地獄があります。それは平等なものです。親子という単位で考えるのではなく、一人の人間として向き合い、相手の成長のために何が必要かを考えてもらえたらいいなと思います」
創作の道は苦しみも伴う。しかし、その先にこそ人間の美しさがある。わが子が困難に直面する姿は親にとっては「地獄」だが、成長を信じて挑戦を見守ることが、親の大切な役割なのではないだろうか。
DATA
「アートスポーツLIMITS」全国学生選手権大会
制限時間と与えられたテーマをもとにデジタルアートを制作し、その完成度だけでなく制作過程も審査する「アートスポーツ LIMITS」。2015年に誕生して以来、デジタルアートに競技性とエンターテインメント性を融合させた先駆的なイベントとして注目を集めてきた。学生部門である全国学生選手権大会は、2023年に始まった高校生大会を経て、2025年からは対象を高校生に加えて専門学校生・大学生にも広げた。学生NO.1の絵描きを決める「アートの甲子園」として、これまでに全国各地の学生が挑戦し、発想力・スピード・表現力を競い合ってきた。2025年大会は横浜ランドマークホールで開催され、予選を勝ち抜いた12チームが集結。ファーストバトルから決勝まで観客と審査員の前で作品を仕上げる緊張感のなか熱い戦いを繰り広げ、アニメーション表現を駆使したチーム「けだま」(開志専門職大学/新潟県)が優勝を手にした。
PROFILE
佐倉綾音
1994年生まれ、東京都出身。2010年に声優としてデビュー後、アニメ『僕のヒーローアカデミア』麗日お茶子役や『五等分の花嫁』中野四葉役など数多くの人気作に出演。透明感ある声質と豊かな表現力で幅広い役柄を演じている。『MUSIC STATION』(テレビ朝日)のナレーションや、『日笠・佐倉は余談を許さない』(文化放送)、『佐倉綾音 論理×ロンリー』(TBSラジオ)でのパーソナリティを務めるなど、若手を代表する実力派声優として活躍の場を広げている。
文/FQ JAPAN編集部
写真/高田啓矢